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⇒ 議会報告 |
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議会報告 - 平成22年2月定例会 |
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平成22年予算議案を修正して可決することに賛成する討論を、会派を代表して行ないました。修正の内容は、①鎌倉漁港整備のための基本構想策定費用800万円、②西鎌倉と玉縄のバスベイ整備費用600万円、③鎌倉市の奨学基金に700万円、以上合計で2,100万円を増額するというものです。
賛成討論の中から、鎌倉漁港に関する部分を抜粋して掲載します。
『行革元年』の見直し事業として、鎌倉漁港の整備が行革の対象となりました。松尾市長のマニフェストにも「坂の下地区の鎌倉漁港整備計画(調査で約9,500万円)をみなおします。」とあります。市長の選挙公約の実現のために、提案された予算では来年度の計画が凍結される結果となっておりますが、これまで漁業関係者はもとより、市民や学識経験者の参加を得て検討されてきた計画が市長選挙によって直ちにゼロに戻されるという手法が果たして適切なのか。少なくとも関係者には十分な理解を得る努力が必要ではなかったかと考えます。しかし鎌倉漁業協同組合の代表から本定例会に陳情が提出されていることを見れば、理解が全く得られていないと言わざるを得ません。厳しい財政事情を見直しの理由としておりますが、これまでの検討経過と、執行された費用を考えれば、基本構想案を策定した上で、市民からの意見を求めて整理するまでの作業は終える必要があると考えます。
これまで多くの市民が鎌倉の海と山の自然の大切さを訴えてきました。では、鎌倉の海は誰が守ってきたのでしょうか。江戸時代には寒村と言われた鎌倉は、半農半漁のささやかな営みによって住民が暮らしてきました。谷戸の奥にまで田畑を開き、その先の里山に薪や炭を求め、眼前に広がる浜辺の魚貝や海草を得て生計を立ててきたのが鎌倉の先人たちです。しかし、明治期以降の鎌倉に都市化の波が押し寄せ、まず産業構造の変化から農業者が里山を手放し、それが住宅開発への道を開きました。特に戦後の急激な緑地の減少は、谷戸や里山に生きた人びとが農業に見切りをつけたことが要因となって、大規模な開発へと進んだ結果と言えます。後発組の市民の多くは現在、開発されたその土地で生活を営んでおります。
鎌倉の海を守り、後世に伝えていくためには、海で働く人々が仕事を続けられるように支援する必要があります。鎌倉の豊かな海の恵みが枯渇することなく、持続可能な漁業を真剣に考えているのは漁師の方々のはずです。高齢化が進む中で、漁業の後継者を育てるためにも、必要最小限の漁港を整備することが鎌倉の海を守ることにつながると考えます。
市長は就任にあたっての所信表明の中で、「鎌倉の美しい里山や海浜は過去何世紀にもわたって先人たちが培った遺産であり、現在の私たちがつくったものではありません。現代に生きる私たちは、ただその宝物の番人だけであっていいのか」と述べられました。鎌倉の漁師はまさに、市長が言われる先人たちの流れを汲む人々なのではないでしょうか。
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