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もう一つ「第3の経済学」(2005-2)
21世紀に相応しい、有限資源観に立つ新しい経済学が必要なのです。今主流の経済学が「地球の有限性」を考慮しない、限界を認めないからです。歴史的には百年以上も前、イギリスに石炭資源の「限界」を意識した「もう一つの経済学」が誕生していました。1865年イギリスの経済学者W.S.ジェボンズ(1835?1882)の「石炭問題」です。この書はイギリスは産業革命の進展と共に、採炭深度が深くなり、19世紀末には石炭が枯渇するのでは、との懸念から書かれたものです。
今の石油のように、当時は石炭は最も大切なエネルギー資源でした。それまでの主流の「2つの経済学」、つまり資本主義経済学とマルクス経済学は、それぞれ全く立場が全く違うにも拘わらず、地球資源の有限性を全く視野に入れませんでした。ジェボンズの経済学と、その流れを今も汲む経済学を「第3の経済学」、あるいは「もう一つの経済学」と呼ぶのは、このような理由からです。しかし、この先駆的な発想も、その後の豊富な石油時代の到来と共に忘れられたのです。
そして1972年、第1次石油危機が訪れ、改めて地球資源、特に石油の有限性が問題となりました。難解なニコラス・ジョージェスク=レーゲンによる「エントロピー法則と経済過程」が世に出たのも1971年のことです。その基本理念は「人間活動は常にエントロピーを増大させる」、「そのプロセスは非可逆的」というものでした。
下記がその思想の要であって、2行、3行目がそれぞれ熱力学の第1法則、第2法則に相当します。特に第2法則「エントロピーは常に増大する」は、自然科学上の最も根源的な原理で、これによると「人は自然の悠久なエントロピー増大過程にある、小さな陽炎のような存在」と言うことになります。
経済のプロセスはエントロピー的である:
それは物質、エネルギーの生産も消費もしない、
ただ低エントロピーを、高エントロピーに変換するのみである。
(ニコラス・ジョージェスク=レーゲン)
人類は持続可能ではない、今のままでは
(2002-10)
レバノン杉は戻らなかった。世界遺産に指定され、辛うじて生き長らえるレバノン杉、数千年の残映。周りは石垣で囲まれているが、心ない観光客が記念に自分の名を彫るという。人間に破壊し尽くされ、辛うじてわずかに残った数千年の樹齢の杉だが、いま酸性雨に晒され病んでいる。
かろうじて残る、樹齢数千年のレバノン杉(1996年9月、撮影:川村徒最子200mmズーム)
15体のイースター島のモアイ像は戻った、日本人の努力によって。しかし、人間によって最後の一木まで切り倒されたイースター島の森は今も戻っていない。絶海の孤島で、虚空を見つめるモアイ像は、愚かな人類の未来を見ているのか。
CO2排出が過去最高:2000年度環境省調べ、0.3%増(2002-7)
二酸化炭素の排出量が過去最高、00年度は99年度に比して0.3%増加、12億3950億トンになったという。これにメタンなど他の温暖化効果ガスを含めると、2000年度の国内総排出量はCO2換算で13億3400万トンに上る(環境省調べ)。
これは京都議定書の削減目標基準である、1990年のレベルを8%も上回る。従って議定書の目指す90年比で6%減を達成するには、合計で14%の削減の必要ということになる。そしてその内訳だが、民生部門が4.1%増(90年比20.4%)と目立っている。一方、運輸部門は2%減(同20.8%)、産業部門は0.2%減(同39.9%)である。民生部門の増加は、家庭、オフィスなどによる。
温暖化対策がなかなか進まないが、その理由のもとを質せ、大量浪費型経済に歯止めが掛からないからである。現代工業化社会を放置したまま、ただリサイクルと叫んでも駄目なのである。このままでは京都議定書の国際公約など守れそうにない。おそらく国民の多くは問題の原点、本質をもう理解しているのかも知れない。最近もうよけいなものを買わなくなった。そのためか不況が訪れた。そこで消費を奨励しなければならない、公共事業をもっと、と日本の政治家はの考える。しかしこれは国民の総反撃をかう。
そこで科学技術分野を公共事業化しはじめた。国の機関に、大学に次々と大型の建物作られ、分析装置、コンピュータなどが工夫のない研究プロジェクトとともに膨大な税が投入され始めた。宇宙から海洋、カタカナの並ぶフロンティアプロジェクト群、そして本質を忘れたエネルギー研究などが目白押しとなる。その多くは名前を変えただけ、中身は同じの研究がいつまでも惰性のように続く。
しかし、科学技術バブルもいずれ成果が問われる。ノーベル賞をという掛け声も、いずれ意味がなかっと気づかれよう。ノーベル賞は結果である、決して目標などではない筈であるが、今の日本の指導層はそうは思わないようである。しかしこれが日本の科学技術に様々な歪みをもたらしたのである。問題解決型、国民のための研究が阻害される結果となったのである。子供の夢ならともか、く大人に対して「ノーベル賞のための研究」など本来ない。
環境研究は総合的な視点、総合学が不可欠である。例えば京都議定書遵守は、現代大量型社会の見直から達成されるのであって、新発見、革新的技術からではない。今日本では、むしろ科学技術の在り方そのものが重要な研究課題である、といってよい。
最近、石油の生産量の減退が懸念されている。ここにも本質的な「エネルギー論」が必要である。日本では、人口のいずれ来る減少が心配されている。しかし持続型の社会には人口減はむしろ好ましいことかもしれない。それでは高齢化した人口を支えられないと言うが、これも考え方である。働く意欲のある人々の仕事を工夫すればよい。いま日本独自の国家戦略、理念が必要ということである。「それ行けどんどん」ではない、考えるのである。
市場至上主義者を「合理的な愚か者」と批判するアマルティア・センは、1998年世界の貧困と開発に関する深い洞察と倫理観によって、ノーベル賞を獲得した。この1933年インド生まれのセン博士に、2002年2月19日東京大学は新しく設けた名誉博士制度第一号に選んだ。世の批判を浴び勝ちな東京大学だが、味なことをした、20世紀の機械文明を痛烈に批判する同博士を、東京大学は非常に高く評価したのである。
「明治の初め、日本人は西洋諸国にいちじるしく遅れをとっていると考えた、西洋と日本の違いをそれぞれの生き方の違いとは考えず、あちらが進んでこちらが遅れていると考えた。中国は日本より30年程遅れた。中国の様子はこの文で日本を中国と置き換えるとそっくりそのままである」と、中国文学者の高島俊男は述べている(文芸春秋、2002-8)。同感である。
もう21世紀となった。アジアの「あるべき論」をそろそろ自分で考えよう。(00-7-29)
進むタイのマングローブ林破壊(大久保泰邦
2002-2)
タイのチャオプラヤ川河口のデルタの面積はおよそ東西100
km、南北40
kmです。デルタの成長とともにマングローブの生息場所が移動するはずなので、ちゃんとした調査・研究をしなければなりませんが、100年あるいは200年前はマングローブは現在のデルタの海側の半分程度を覆っていたのではないかと思います。もしそうであれば、最近の100年間に、約2000平方キロメートルのマングローブが破壊されたことになります。


タイのマングローブ破壊は、エビの過養殖の所為と見られます。日本での沿岸養殖、イギリスなどで鮭の養殖などで行われている、餌、抗生物質などの過度の投与、つすまり効率最優先の結果なのでしょう。
京都議定書と真鍋博士
アメリカのブッシュ大統領は京都議定書を否定している。これについて温暖化理論の元祖である真鍋淑郎博士は最近、日本のジャーナリストに、次のように語った(2001-9-22 週刊ダイヤモンド)。先進国を中心とした55カ国が批准すれば、米国が批准しなくとも発効は可能であるが、これに関して真鍋氏は、「ブッシュ政権発足直後、米国は批准するのではないかとの噂が流れたが、そのときのほうが驚いた」という。
真鍋淑郎博士は米国政府の姿勢に異議を唱えないのか、と改めて問われ「温暖化がシリアスな問題でないと言うのではなく、京都議定書が合理的な手段なのか、本当に目標どおりの効果が上がるのか、もう一度考えてみる必要がある。国際社会が一致団結して努力することが大事だが、実施国は本当に削減目標を守る気があるのか、努力したら削減目標を守れるのか。ゴールを設定しても守られる保証がないとすれば、むしろ京都議定書の削減目標に頼って、目標が達せられなかったときのほうが問題は大きい」と述べた。
科学者として当然の論理である。私も以前から温暖化対策だけが特殊なのではない、地球規模の環境問題を全体像としてとらえ、未来のエネルギー供給について本気で考えないかぎり人類の問題は一向に解決しない、そして現代の大量生産型の浪費指向を見直さないかぎり、21世紀の人類の持続可能性などありえないと主張してきた。今からでも遅くはない、「論理的に、戦略的に」考えたいものである。
現代の様々な環境問題にとって必要なのは「部分学で」はなく、論理的な「全体学」なのである。欧米に倣うことの多い日本の科学者は、問題解決型の全体学に弱いようである。自分で考えないのである。(2001-9-20 YI)
無限の経済成長は可能か?
2001年9月、日本の失業率が5%を越した。そして4〜6月期の経済性成長は-0.8%となり、日本中が危機意識に陥っている。そのうえ米労働省の7日の発表によると、アメリカも失業率が4.9%に悪化したとのことである。これは予想を上回る減少だそうで、前月比で非農業部門就業者数は11万3千人減であった。内訳はサービス業が2万3千人増えたが、製造業が14万1千人減したからである。これは2000年9、10月の30年ぶりの3.9%を記録した後の大きな景気減速という。
いま世界同時不況の様相を呈しているが、日本では公共事業投資に再び期待する向きがある。果たしてそれでよいだろうか。「成長は当然」なのだろうか。しかし、アメリカの史上最大とも言われた今までの景気は、元々バブル、いずれ弾けるはずであった。消費者がカードを使い「マイナスの貯蓄率」でものを買うことそのものが、元々異常だからである。
「有限の地球」で、人間が無限に膨張出来るはずはなく、「大量生産、大量消費、大量廃棄」が要求する「浪費型の成長」にはもともと無理がある。そろそろ「成長への幻想」から目覚める時がきたのであろう。
日本国民も「浪費の奨励策」にはもう踊らなくなったが、どうして指導者は「有限の地球」で「無限の経済成長」をいつまでも願うのであろうか。ゼロ成長、時にはマイナス成長でも仕方ないのではないか、心が豊かになれば。
そのためには、雇用対策がもっとも急がれる。しかし「今までとは違った形の」。最近、京都大学の内藤正明教授は、あるNPOを通じて「雇用促進、有機農業振興、日本農業の建て直し」などを願った「3兎を追う」、ホームレスに呼びかけの運動を始めたと言う。この呼びかけに、人が集りつつあるという。全く新しい発想である。成功をを期待している。(YI
2001-9-8)
21世紀、人類は持続可能か?
(PDF) (2001-7
)
[Reduce, Reuse, Recycle]
:リサイクルは3番目(2001-6)
循環社会構築の国民運動が展開されている。大変結構なことである。しかし、最近心配なことも増えてきた。それは現代社会の大量生産、大量消費をそのままにしては、却って社会のエネルギー消費が増えそうだからである。事実温暖化抑止のかけ声のもとで近年エネルギー消費はむしろ増えている。
「無限のエネルギー」を使えば、文字通りの「完全リサイクル、ゼロエミッション」が、如何なる場合でも可能である。これは「無限のエネルギー・コスト」をかければ、ということである。一般には金銭で計った無限コスト、という方が分かり易いが、これは誤解を招きやすい。何故なら、安い石油の上に浮いた現代の経済システムでのコスト評価は、本質的な意味を持たないからである。
多くの新エネルギー資源、例えばオイルシェール(油母頁岩)、石炭液化などは油価が上昇すれば採算がとれる、と言われてきたが、実際はそうはならなかった。近づけば遠のく蜃気楼のようなものであった。エネルギーにおいては、エネルギーの出力/入力で評価するしかないのである。
「エネルギーリサイクル」という言葉は更に気になる。それは物質は繰り返し使えるが、エネルギーは一度しか使えない、一過性だからであ。物理学の大原則「エントロピーの法則」に反する永久機関のようなことを言ってはいけない。環境問題では「理念が大事」というのは、このような理由による。
循環基本法でも[Reduce,
Reuse, Recycle]はこの順番に重要と述べている。重要なことは、それは無駄をしない、浪費しないことである。そして[ゴミ]になるもの[作らない、売らない、買わない]の”3ない”が重要である。浪費をそのまま放置して循環をというの殆ど間違いである。
日本の物流は国外起源も含め、57億トンに達する。これを全て循環して、はじめて循環型社会が達成される。因みに年間で産業廃棄物は4億トン、家庭からの一般廃棄物5000万トン、プラスチック類1000万トンほどである。いま鉄、アルミ、古紙、ガラスなどはかなり再生利用されているが、それでも全体で2.1億トンでしかない。
21世紀の循環型社会は、20世紀の延長線上には無い。しかし日本も含めて世界の先進工業国では、今日からでも出来ることはいくらでもある。何故なら、「無駄」は身の回りどこにもあるからである。
一方、我々先進国の人は発展途上国に較べ、一桁多い資源、エネルギー、つまり物流を消費している。「浪費、無駄」には色々な側面があるものである。

(環境庁、環境白書)
様々な環境理念(2001-5)
21世紀は20世紀の延長線にはない。いま欧米で様々な経済、産業、社会のあり方が模索されている。今日本で推進されているリサイクルもその内の一つである。先ずそのリストを紹介する。
また、現在の市場至上主義のマネー経済に対して、一世紀前の有限地球観に基礎を置く「第三の経済学」、あるいは「もう一つの経済学」も復権しつつある。
リサイクル系:Recycle
society, Recycling, Remanufacturing, Inverse factory
廃棄物を再利用、循環させようとするもの.
ゼロ系:Zero
emission, Zero waste
廃棄物をゼロにする考え.これは標語としてはよいがエネルギー的に問題があるものが少なくない.
エコ系:Industrial
ecology, Industrial metabolism, Biomimicry
生態系に学ぼうというもの.今後の基本理念である.
無駄系:Muda,
Lean technology, Learning organization, Ecological rucksack,
Ecological footprint
トヨタの無駄を省くプロセスに影響された考えであり、Taiichi
Ohno(1912-90)に基礎をおいている.
環境手法など:
LCA (Life Cycle Assessment), Streamlined LCA, Environmental
management system
物流の流れをアセスする手法そのもの
社会文明論:Natural
capitalism, Next industrial revolution
従来に資本主義、マーケット主義に対する言葉.自然を資本として組み込むことが必要との考え.今後の理念形成の主流である
ナチュラルステップ:Natural
step (4 system conditions)
持続的発展には地球の資源が限られていることを、強く意識した理念で、4つの条件を基礎におく、
- 地下資源の利用を増やさない
- 自然に分解される物質を使う
- 徒に生態系を損なわない
- 資源を有効に使う
その他標語:Think
globally and Act Locally, Small green steps,, Factor 4,
Factor 10

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