J.ニカノー・ペルラスIII
〈略歴〉
オルタナティブな成長のためのイニシアティブセンター(CADI)、および、周域のグローバリゼーション化・国の持続的成長・社会三層構造の問題に関し推奨、活動を行う市民社会機関(CSO)代表。また現在、複数の国際機関およびフィリピン市民社会ネットワークの代表を兼任。およびシヴィル・ソサエティー、フィリピン持続的成長委員会、プレジデントオフィスの代表補助。
また、社会三層構造のグローバル・ネットワークおよびグローバルな三層化への人智学的協働グループ創設にあたった。その他、国内初の商業的バイオダイナミック農園であるイカパティ農園カンパニーの創設、管理協働者。イロイロ・ライフ銀行理事。地球環境国際賞授与プログラム(IHP)のフィリピンでのコーディネーターとして合衆国の複数の大学と協働。フィリピン人智学グループ代表。
これまで100以上の寄稿、7冊の著作(『グローバリゼーションの形成:市民社会、文化的力、三層構造』など)を著している。1984年からは、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、北アメリカ、アジアでの40を越す国際会議、およびフィリピンでの50を越す全国会議において講演正規担当者として招へいされる。その国内外での顕著な業績が認められ、国連開発計画(UNEP)の「地球の500人」賞を、また持続的農業の実績から「傑出したフィリピン人」賞を受賞。
〈講演内容〉 ― 自由、愛、社会三層構造の秘密 ― グローバリゼーションの時代の三大文化圏の一つとしてアジア太平洋地域が現れたことに対する、その意義
アジア太平洋人智学会議は、1996年11月、フィリピン・メトロマニラで始まった。この会議は、同月、18カ国の大統領や首相らを集めてやはりフィリピンで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)を意識したものだった。またこの時に、持続可能な発展を目指す社会三層構造の構想は初めて、フィリピン政府の公的見解として当時のフィリピン大統領により導入されている(彼は1996年のAPEC議長でもあった)。会議の創始によって、アジア太平洋地域各国のアントロポゾフィー協会およびグループの理事や代表たちは、ある始まりとその働きを確かなものにしたいと考えていた。それはミカエルおよびアントロポゾフィー的自覚の始まりが、アジア太平洋地域が世界経済の強力な動力源としても台頭するという一面に伴うもの、そこへと行き渡るものとなるように、ということである。
アジア太平洋人智学会議のこうした起源は、私たちが日本に集まった今日、思い返してみるにふさわしいことである。日本はAPECの興隆に多いに関わっており、また特に80年代後半にとびぬけていた世界経済大国であるのだから。さらに、フィリピンでの最初のアジア太平洋会議の精神的(霊的)意図もまた、今思い返すのにふさわしいことである。その時の中心課題は「グローバリゼーションの時代における社会三層構造の三層性の秘密」であった。というのも、「自由の秘密」は「愛の秘密」と密接に関わっており、さらにこの二つは共に「社会三層構造の秘密」に深く根ざしているからである。
以下に挙げるルドルフ・シュタイナーの『ミカエル・レターズ』の一節において、このことを明らかに見て取ることができる。
“人間は、この世界のある表現であるように自分がなっていくほど、ますます人間となる。人間が自らを発見するのは、自分を求めることを通じてではなく、自分を世界に、愛する意志をもって結びつけることを通じてである。‥‥ミカエルにならう者は、外の世界へと結びつく愛を大切に育てる。愛はまず、外の世界との関わりで展開されねばならない。さもなければ愛は自己愛へと変わる。‥‥この、世界への真の愛・ミカエル的な愛が存在するとき、自己は自己自身への愛なしに、愛するだろう。そしてこの愛のなか、私たちの魂のなかに、キリストが見いだされる。”
それゆえ私たちは明らかに、「自由の秘密」をただ理解するというのでなく、「愛の秘密」との関連からその「自由」を探求しなければならない。というのも、「愛」を欠いた「自由」を求めることは自己への誤った幻想へ至るからである。そしてこうしたことを注意深く意識しつつ、私たちはまた以下の理解へ至らねばならない。すなわち、社会の三層構造の創出はまさしく社会の導管となるものであり、ここを通じて愛が流れこみ、具体化し、愛が社会のなかに息づくようになるのである。
自由、愛、社会の秘密の本質とそれら互いの関係への理解を深めるため、ここでは今私たちがいるところ、日本から考察を進めていく。
講演ではここで、現在のアジア太平洋地域の政治経済的情勢を現象学的に関連づけながら、上述のテーマを展開していく。現在のアジアの情勢の成立にあたり日本が果たした役割にもここで触れる。アジア太平洋地域の政治経済的発展 ― アジア経済危機による後退はあったが ― から見て、当地域が今後ますます世界経済の動力源となっていくことは明らかである。そしてそれゆえ当地域は、世界レベルの出来事に対し今後、さらに重要な政治的文化的影響力をもつようになるだろう。ここで社会現象学的考察の締めくくりとして、アジア太平洋の文化を、別の二つの世界的政治経済および文化中心圏 ― すなわちヨーロッパ地域そしてアメリカ合衆国を含む西側地域 ― との比較または相違点から特徴づけてみる。
そしてここで私たちは、ある際立った衝撃的事実と直面することになる。それは破壊的形相をとるグローバリゼーションに関わる事実で、この ― エリートによる ― グローバリゼーションは、コスモポリタン的ミカエル衝動をゆがめる作用からその力を得ていると見なしうるのである。霊的知覚は、エリートによるグローバリゼーションがいかに、自由、愛、社会三層構造の秘密をゆがめているかを見通している。これらの三つの秘密は、西側地域、東側(アジア太平洋)地域、そして中央ヨーロッパにおいて、それぞれ歴史的に顕在化するよう運命づけられているものである。
次にこうした考察をさらに展開するため、私たちの時代の「黙示録的」本質 ― このことはヨハネ黙示録の預言にあり、またルドルフ・シュタイナーの精神科学研究が解明している ― に目を向けていく。こうした熟慮から私たちは、以下のことの真の意味について、今のこの時代における深く正しい理解へ至る。すなわち、人類全体は境域の守護へとさしかかっている。というのもグローバリゼーションの過程は ― それがアジア、太平洋地域、世界のその他の地域で異なった表れ方をするにしても ―、すべての今日の人間があまねくイニシエーションの過程を ― 準備ができていようがいまいが ― 通過しなければならないことを意味するからである。もっとも単にその始めの段階ではあるが。グローバリゼーションの暗やみの部分は、つねに存在する現実として依然残るだろう。この現実は、人間を待ちうけている様々な形態のイニシエーションに人間が取り組むよう促す、ラッパの音となるものだからである。
以上の考察から明らかなように、「自由の秘密」は自己のイニシエーションの道すじとして、現代というグローバリゼーションの時代の関連から現実的に理解されなければならない。しかし「自由の秘密」の探求は、「愛の秘密」へと至るイニシエーションにとって必要な始まりなのである。「愛の秘密」において私たちは真の自己を、他の精神(霊)が存在する現実のなかで真に見いだす。そして生きた力と勇気で二つの秘密に踏み入るなら、その時私たちは「社会三層構造の秘密」へと至る私たちのイニシエーションを、効力ある仕方で探求できるようになるだろう。「社会三層構造の秘密」は、労苦のすえ得られる自由と愛の価値が社会に真に存在していることを必要としている。それはキリスト存在が社会的さやとなること、宇宙的実在としての地球、地球進化の意義を意味する。
以上の三つすべての探求に際し、なにも私たちが完全な存在である必要はない。必要な資質がまだないと言い、自由、愛、社会三層構造への道すじから遠ざかってしまうのは、謙遜の誤った形である。私たちに必要なのはただ、不完全な状態から真剣にそして正直に、より中身のある万全の、自由、愛、社会三層構造の表出へと移行していくことである。
本講演の終わりにあたり、これまでの脈絡をつなぎあわせ、アジア太平洋人智学会議が――それが時代霊とかかわるものであるべきならば――本当は何を意図するかを伝える。ミカエルの時代へと私たちが踏み入るとともに起きた人間の魂の力の分裂は、世界の異なった地域の人間もまたそれぞれに一面的発展を成していることを意味している。それはさらに、この分裂傾向が強められるエリートによるグローバリゼーションの時代が、私たちの人間性の体系的剥奪が生じる時代となるであろうことも意味している。それゆえ私たちは、自由、愛、社会三層構造の秘密の探求およびそこへと至るイニシエーションを通して、こうした影響を代償するよう働く必要がある。この探求はしかしながら、世界の異なった地域の人間性に見いだされる、異なった素質、能力、才能への深い理解により導かれるのである。
それゆえ、アジア太平洋地域から全地球的人智学運動のまとまりある組織の一端が展開したことは、エリートグローバリゼーションからの攻撃に自由、愛、社会三層構造の秘密に基づいて相対するための、重要な実効的イニシアティブとなっているのである。世界の進行は、先の現象学考察で扱ったような一種の精神的地理学を形成しており、その地勢を新しい全地球的社会形態の基盤としていく必要がある。アジア太平洋地域、ヨーロッパ、西側地域の互いに異なりかつ補足しあう任務を明確に理解し、それに応じて人間性の十全な実現を求め行動すること、こうした精神科学的な理解と行動はやがて、別様のグローバリゼーションに向けての新しい出発点、新しい取り掛かり口を用意するだろう。それは地球の様々な地域の多様な文化的卓越性の上に築かれるグローバリゼーションとなるだろう。
全地球的人智学運動の精神上の機関を、そうした仕方でアジア太平洋地域において創設することに私たちが成功するなら、人間性を真に養うのに欠かせない精神的社会的条件を準備しはじめることになるだろう。自由、愛、社会三層構造へとたどり着くための冒険となる旅程へ出発することになる。
- 日本アントロポゾフィー協会・シュタイナーハウス会報 4月号に連載されたペルラス氏の論文「WTO 決裂の霊的な意味」を読むことができます
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ベン・チェリー
〈略歴〉
1947年、英国生まれ。ケンブリッジ大学にて法律学修士号取得。バーミンガム大学にて医学のfirst part of (a medical) degree 取得。オーストラリアBathurst大学教育学部卒業。1971年ベトナムで教員として従事。つづいて香港の Far Eastern Economic Review誌の通信員としてベトナム戦争を取材、同時に東洋の宗教と哲学に強い関心をひかれる。
ローマでの教員生活ののちは、ヨーロッパ各国で働き、その後、ベトナム生まれの妻 Thanh とともにベトナム難民の受け入れセンターを英国に設立。1977年、庭師および養護教員として勤務したイギリス南部の治癒教育コミュニティーにてアントロポゾフィーを知る。1981年にアフリカ全土を訪問したのち、オーストラリアへ移り、NSWのBowralにルドルフ・シュタイナー・スクールを設立。
1987年から1990年の間、オーストラリアアントロポゾフィー協会の中心メンバー。1994, 95年、アジア全土および東ヨーロッパを家族で訪問。このときの旅行の前半部については、ベトナム・中国・チベットの陰と光の訪問をテーマにした著作に収録。
子どもの成長の過程と教育の問題に関わりつづけ、現在ふたたび、設立した学校にて教育に携わる。アジアの数々の国での教員養成活動に年々、活動の重点をおくにいたっている。
〈講演内容〉
自由とは何であるか。そこには到達できるのか、またはそう思うのは幻影であるのか。この問題に関するさまざまな見方と、自由に関する誤った考え(何でも好きなようにしてよいとすることなど)の検証。自由とエゴイズム、良心、運命との関係に関する考察。自由が立脚できる場を準備するために歩まれてきた二つの道(東西でのそれぞれの例)〜仏教から発した禅、タオ(東洋)・キリスト教から発したスコラ哲学、ギリシア哲学(西洋)。現代人に要求されるべき、(ルドルフ・シュタイナーによる)精神・霊的活動に関する哲学。精神上の修練としての自由。自由と愛との結び付き。愛からなされた自由な行為は、世界で生起することに影響を持ちえるか。
上松佑二
〈略歴〉
    1942年 長野市生まれ/1966年 早稲田大学建築学科卒業/1967年 ゲーテアヌム留学/1968年 エンゲルベルク・レックス・ラープ事務所でゲーテアヌムの改修計画に参加/1972年 早稲田大学修士課程修了/1974年 「世界観としての建築‐ルドルフ・シュタイナー研究」出版/1976年 ルドルフ・シュタイナー「新しい建築様式への道」翻訳出版/1977年 アレクサンダー・フォン・フンボルト財団研究員,ミュンヘン大学美術史研究所留学/1980年 工学博士論文「建築空間論」,「ルドルフ・シュタイナー」出版/1982年 ルドルフ・シュタイナーハウス設立/1987年 日本建築学会賞,東海大学教授/1997年 長野建築文化賞/1998年 「シュタイナー・建築」出版/2000年 日本アントロポゾフィー(人智学)協会・事務総長
〈講演内容〉 - 「自由の秘密とミヒャエルの時代」
    自由は三つの段階で体験される。牢獄の中に「肉体の自由」はない。しかし、その中でも「魂の自由」と「精神の自由」を体験することはできる。心に悩みを抱えている時、「魂の自由」はない。たとえ春の牧場で肉体としては自由であっても。私たちは精神においてのみ自由でありうる。肉体と感覚界に結ばれている限り、私たちは「精神の自由」を体験することはない。私たちはいつ、肉体と感覚界から自由になりうるであろうか? 生前と死後、精神界に於いて私たちは自由である。それ故に「自由の秘密」を問う。純粋思考に於いて肉体から自由になって始めて私たちは地上に於いても自由でありうる。自由は私たちの自我によってのみ体験される。自我は地上のアジアやヨーロッパに属するのではなく、精神界に属している。ミヒャエルは、人間に自由を与えるために地球の精神と一体になったキリストの地上の作用を準備し、それに対抗する竜と斗う現代の時代精神である。
西川隆範
〈略歴〉
    1953年、京都市に生まれる。76年、高野山で伝法阿闍梨位灌頂。のち、瑞西と独逸でアントロポゾフィー=人智学を学び、シュタイナー幼稚園教員養成所などで講師。精神科学を基盤とする新たな大乗哲学を模索。著書に『生き方としての仏教入門』『見えないものを感じる力−天使・妖精・運命』『心の育て方』『死後の宇宙生へ』『薔薇十字仏教』など。
〈講演内容〉
    東洋における自由な個我の探求 クリシュナによる個我の指摘、ブッダによる自己確立の示唆以降、印度ではナーガールジュナ、ヴァスバンドゥー、シャンカラなどの巨匠の世界認識において、自我と世界の関係が探究されてきました。中国では、老荘思想において独自の自由の境地が示されるとともに、特に唐の禅僧たちが自由の実践を、身を以て示しました。それらを踏まえて、日本思想と日本社会における自由な人間の追求を、日本のカルマに触れつつ、時代の節目ごとに検討し、自我体験としての東洋の自由の哲学を考察してみます。
テリー・ボードマン
〈略歴〉
テリー・ボードマンは1952年イギリスのサウスウェールズに生まれた。子供の頃より非常に歴史に興味を持つ。1973年マンチェスター大学で歴史の学士号を取った後、日本に渡り、英語を教える。その後東京、大阪に在住し、日本で7年を過ごしたが、この頃将来の妻となるオイリュトミストの安藤登美栄と出会う。1978年から1981年にかけて国際キリスト教大学で教えるが、そこで生徒達からルドルフ・シュタイナーの名とオイリュトミーを知った。1981年に妻と共にイギリスに戻り、翻訳の仕事をして1984年共にスタワブリッジでオイリュトミーのトレーニングを始め、すぐにスタワブリッジ地域の大きなアントロポゾフィー協会で活動的なメンバーとなる。1987年息子のOwain Soheiが生まれる。1991年家族で日本の奈良近郊に移転し、関西地域でアントロポゾフィー運動とオイリュトミーの指導に深く関わり、多くの良き友を得る。1994年イギリス・スタワブリッジに戻った際、テリーは再び言語教師の仕事に付いたが、その時の生徒のほとんどはアジア太平洋地域の出身だった。1997年よりDudley大学で英語の講師をしている。1998年に最初の著書"Mapping The Millennium - Behind the Plans of the New World Order"(Temple Lodge, London)を出版した。イギリスまたは海外において歴史と現代の問題についてアントロポゾフィーの視点から著作、講演を行い、特に東洋と西洋の問題に非常に深く関わっている。彼のホームページ(多くの彼のアントロポゾフィーに関する著作を掲載)は:
http://www.tbdl02117.pwp.blueyonder.co.uk/
〈講演内容〉
この講演ではユーラシアの極、イギリスからその反対側の極、日本へと観察を移す。簡単に英語圏での自由の概念の進展を語り、ミカエルの時代(1879年から23世紀まで)の文脈で自由に対するアングロアメリカンの考え方とそれに対応し得る日本の考え方を検討する。個人も自由を得ようと求めるが、民族精神もまた自由を求める。今日アメリカン・パワーは、特に若者に照準を合わせた「グローバライズされた」考え方を世界中に表明することができる。この「自由」には例外なくアメリカ製のラベルが付いてくる。この(アングロスタイルの)グローバライズする自由の概念を通して働く諸力とはどういったもので、どの程度時代の必要性に調和したものなのだろうか。自由はミカエルの時代のコスモポリタニズムにおける民族精神にとっていかなる意味を持ち得るのか。21世紀日本はどうしたら、一方は中国、他方はアメリカに圧倒されずに、その独自の道を見出すことができるのか。今日イギリスも日本もそれぞれの文化的、地理的領域に対する新たな関係性を見出すことが求められている。
仲正雄
〈略歴〉
1951年、東京に生まれる。1977年にドイツにわたりルドルフ・シュタイナーの人
間学に基づく治療教育をビンゲンハイム(Bingenheim)ではじめる。1983年、ドル
ナッハにて治療教育の養成を修了。その後ドイツにて治療教育家として活動。1987
年から3年間ハンブルクの治療施設ハウス・ミニオン(Haus Mignon)の理事をも務
める。1990年以降は健康上の都合により実践からは離れ、日本版ゲーテアヌムの
スタッフとして、また日本版教育芸術の編集者として、執筆、翻訳をする。1994
年からシュトゥットガルトの夏季教育週間での講演またゼミナールの講師を務め
る。ヨーロッパ各地での講演活動、また1990年からは日本での講演活動も行なっ
ている。
〈講演内容〉
私たちは自由をどこにどのように求めようとしているのだろうか。人間生活に
伴うさまざまな規制から解放され自由の身になりたいと願うこともある。この場
合わたしたち単に形式的な自由のことを言っている。もうひとつの自由は、わた
したちが意識的な精神生活を始めようとするときに始まる。わたしたちの内面と
だけかかわる自由であり、行動の中心となり、判断し、決断する人間の中に入り
込んで、「何をわたしたちが肯定するのか」と突き付けてくる。わしたちの自由
でありたいという衝動がどこからくるのかというと、それは、わたしたちが置か
れた状況の中で(それがどんな苦しいものであれ)生きること、生きていること、
存在すること、存在していることを肯定することからではないのか。そのとき自由
は「肯定」という姿でわたしたちを祝福する。また「自由」という言葉は言語学
的に見ると「愛」に通ずるものであるという。愛は生きることを肯定するとき大
きな力となって、わたしたちの中に生きているものである。自由と愛とはひとつ
の力の中から生まれた、異なった現れ方とみることができる。
ロルフ・ケルラー
〈略歴〉
1941年、ドイツのシュトゥットガルト近くに生まれる。銀
行業の実習後、マンハイムとミュンヘンで社会学と経済学を学ぶ。1968年以降ド
イツのボッフムにある人智学銀行協会で積極的に活動する。21年間ボッフムにあ
る共同体(ゲマインシャフト)銀行の共同設立者、ビジネス・マネージャとして
務める。また、 Gemeinnuetzige Treuhand-stelle、その他の財政機関(バーゼル
ランドの Evidenzgesellschaft, Dotationsverein)の委員会メンバ、ヴェレーダ
株式会社の理事会メンバも務める。1988年からは世界人智学協会理事会のメンバー
であり、 1989年より財政の責任者をしている。
〈講演内容〉 - 「自由の神秘と貨幣の神秘」
自由の本質と貨幣の実態の両者に対する人智学的なアプローチは、世界に対し
てその重要性を増しつつある日本を始めとするアジアの発展への人智学の寄与の
一例とすることができます。
自由と貨幣はどのように関係し合うのでしょう?一体全体この二つは本当に関
係があるのでしょうか?貨幣が自由の道具なのでしょうか?それとも自由が貨幣
の道具なのでしょうか?
まず私は、経済において自由を第一の考えに置いた場合どのような問題が生じ
るかを見るために自由の本質を調べてみたいと思います。
第二に我々の時代における貨幣の存在とその役割を見なければならないでしょ
う。この役割は変えられるものでしょうか?
最後に我々の行為、イニシアティブについて見てみたいと思います。
地球的規模の資本の集中化という世界的な状況に対して私達は何をし得るでし
ょう? 自由の表現とは何でしょう?アジアの人々のイニシアティブが人類に強い
ている新しい理想と展望は、自由と貨幣に対する実り多い理解によっているでし
ょうか?
ポール・マッカイ
〈略歴〉
ポール・マッカイは1946年香港に生まれた。ロッテルダムで経済を、フォンテンブローで経営学を学ぶ。数年間国際金融の仕事をした後、イギリスとドイツで人智学に出会った(1974-1977)。1977年から1982年までドイツ・ボッフムの共同体銀行でマネージャーとして働く。この間オランダ・ザイストにTriodos銀行を設立する際(1980年)イニシアティブを取った。1983年から1997年にかけてはTriodos銀行のマネージング・ディレクターを務めた。1997年以降はGLS共同体銀行のエグゼクティブ・ディレクターである。ポール・マッカイは更にアントロポゾフィー協会でも積極的に活動している。1993年から1996年までオランダの人智学協会事務総長であり、1996年からはスイス・ドルナッハの世界人智学協会の理事である。
〈 講演内容〉 - 「人智学協会における自由」
人智学協会はドルナッハで1923/1924年実施されたクリスマス会議で新たに設立された。この会議で人智学協会は人類のためになすべき仕事となった。自由が行使される協会を設立することが可能だろうか? 人智学協会は世界全体で活動する時代精神ミカエルの手段と見ることができる。ミカエルは自由の英雄と見ることができる。人智学協会の使命を理解するために、自由をもっと深く理解する必要がある。自由を深く理解することで地球存在の精神的使命である愛に近づくことができる。我々は自由が実在するという在り方で体験できる地球進化の段階に生きている。真の人類の在り方でこの自由に関わることが我々の責任だ。
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